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執筆者の写真ノグチユウイチロウ

灯りの本質

建築家は土地による制約から建物のボリュームを導き出し、建物の立地や住まい手の要望にあわせて間取りや建物のデザインを整えていくといったプロセスを辿るのが一般的で、太陽の光を窓からどのように取り込むか、その光が壁や天井、床のテクスチャーにどのような表情を与えるかを考慮します。


しかし、夜になるとどうでしょうか。

昼間のように窓から降り注ぐ光と影の表情は消え、部屋の隅々まで照らされた照明の光によって、かえって夜の方が昼間以上に生活感が溢れる様が見えてくるものです。


その一方でハイエンドのホテルやレストランでは夜の室内においても抜かりなく、まさに”夜の灯りを愉しむ”ための設えがあちこちにしてあります。


適光適所で配置された灯りは、空間全体の雰囲気もさることながら、一つ一つのディテールに至るまで考え抜かれているものです。調度品からクローゼットの中でさえも計算し尽くされています。本当に美味しい料理が塩気や甘みといった何かの味が際立つことなく、すべてが絶妙なバランスの上で成り立つように、それは空間デザインにおいても同様です。


そのようなホテルで過ごしていると心地よい空間をもっと堪能したいと思うのに反して、気がついたら早々に寝てしまっているものです。

このように光が人に与える影響は案外大きく、また空間が人に与える影響も小さくありません。


「人が建築をつくる。しかし、人も建築によってつくられる。」


このような言葉があるように、住まいが暮らす人に与える影響は私たちが思っているよりも大きいものです。


しかし、自分が住まいからどのような影響を受けたかを自身が認知することは、相応の年数が経過してからでないと分からないものです。

英語では自宅をハウスではなくホームと呼ぶように、住まいは人にとって心から落ち着ける大切な場所のはずです。


住まいおける照明の役割は、前述のホテルやレストラン以上に大きな意味を持ちます。日々の暮らしの中で疲れた体や脳を休ませ、心から安らげる空間が住まいです。

オフィスや学校のように蛍光灯の強い光で照らされた空間では、体や脳も休まることが出来ません。寝る直前まで煌々とした明るさの中で過ごしていたのでは、急に暗闇になってもすぐには寝つけないものです。


夕方、自宅に帰った後は昼間のストレスから解放され、日没とともにゆっくりとした時間を過ごすのが人の本来あるべき姿です。

だからこそ、住まいづくりで夜を意識することは大切で、その中でも照明計画の重要性についてもっと考える必要があるのです。


夜の照明は見たいものへ光を当ててくれると同時に、見たくないもの影によって消してくれます。仕事に関するものやキッチンの片付けもの、床に落ちたちょっとしたゴミなど、昼間には気にならないものでも夜の時間には見たくないものもあるはずです。

室内の余計なノイズを消し、ちょっとしたストレスからも解放されるリラックスしたひとときを過ごせるのも夜の灯りの良いところではないでしょうか。


そこはかとない美しさを感じる空間というものは、あからさまな演出によってつくられるのではなく、ちょっしたことの積み重ねの上で成り立っているのだと思います。


新しい古いとか、快適とか便利ではなく、そのようなちょっとした気遣いのある住まいで暮らすことが、人にとって最も大切で真の贅沢といえるのではないでしょうか。


 

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