このコラムでも何度も取り上げていますが、人は暗くなると脳内で眠りを誘う「メラトニン」というホルモンを分泌し、体温や脈拍を下げて眠りに入ります。反対に太陽の光を浴びると「メラトニン」が減り、脳が覚醒して目が醒めます。
この周期を「サーカディアンリズム」と言いますが、現代人は暗くなってからも明るい光の中で生活するのが当たり前になっているので、このサーカディアンリズムが崩れている人が多くいます。
この状態が続くと、望ましい時間に起床できず、頭痛・倦怠感・眠気などの不調を伴うことになるのですが、現代の生活ではこの状態が日常化しているために、不調に気づかないまま、慢性的なストレスを抱えて生活しているといえるのです。
サーカディアンリズムを整えるには、規則正しい生活が基本です。朝起きて日中活動し、夜遅くなる前にしっかり眠ると体調を整えやすくなります。また、サーカディアンリズムは食事による影響を受けやすく、特に朝食の摂取は、体内時計のリセットと正常なリズムの維持に役立ちます。
そして、光はサーカディアンリズムにもっとも大きな影響を与えます。朝は明るい太陽の光をしっかりと浴びて、夜はなるだけ低色温度・低照度の電球色にして、心身がリラックスできる光環境にすることがサーカディアンリズムを整えるには良いといわれています。
一般には暗いよりも明るい方が良しとされる風潮がありますが、2017年にサーカディアンリズムのメカニズムを発見した米国人研究者、米ブランダイス大学のホール博士とロスバシュ博士,ロックフェラー大学のヤング博士の3人がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで、必ずしもそうではないのだということが知られてきました。
日本では1970年頃から蛍光灯が一般家庭にも普及し、家の灯りも昼間と同じような明るい光に変わっていきましたが、それ以前は白熱電球だけしかなかったので、低色温度・低照度が当たり前でした。蛍光灯が普及とともに高色温度・高照度の生活に変化していったのですが、そのことは人の歴史の中ではごく最近の出来事です。
70年代の日本といえば、「団塊ジュニア」世代が誕生した戦後2回目のベビーブーム。日本経済が好景気になり、生活水準が高くなるにつれて多くの家庭にテレビが普及し、情報を得るための主要な手段となっていきました。「セブンイレブン」が誕生したのも1970年代です。現在は24時間営業が当たり前ですが、当時のセブンイレブンは朝7時から夜11時までの営業でした。
経済的に豊かになると街の灯りも家庭の灯りも煌々とし、「明るい=豊かさの象徴」というイメージがいつの間にかついてしまったのかも知れません。1980年代になると「24時間働けますか」というキャッチフレーズのTVCMが流行するなど、経済的な豊かさが何よりも優先されるような風潮があったように思います。
そのような風潮は現在でも引き継がれているようで、テレビがインターネットに替わり、さらに情報化が進み、様々な便利な生活家電が生まれています。便利で豊かな生活を送っているはずなのに、以前にも増して仕事に追われる人が多くなっているようにも感じます。自宅でも仕事や勉強、テレビやインターネットなど生活習慣の変化によって、私たちの脳は起きている間は休む暇もありません。
そのような中で意外と簡単に出来ることが、先の述べたように夜はなるだけ低色温度・低照度の電球色にして、夜は心身がリラックスできる光環境で生活することです。照明の数も少なければ少ないほど良いでしょう。必要な所にだけ必要な灯りがあれば特に不自由するほどではありませんし、色温度の低い電球色の光は昼間の疲れた脳を休ませるのに最適です。その際には光源が直接目に入らないような照明器具を選んだり、間接照明を使ったりすると良いでしょう。
はじめは少し暗く感じるかも知れませんが、しばらくするとその方がかえって心地良いことにと感じるはずです。日が落ちるのに合わせて部屋の電気も暗くすることで、体のサーカディアンリズムも自然と整い、夜の遅い時間になるとだんだん眠くなるはずです。睡眠研究の第一人者でもある筑波大学の柳沢正史氏も、自宅は間接照明のみで一般のお宅と比べるとかなり暗い灯りの中で過ごされているそうです。
室内の色も白いビニルクロスのお家が一般的だと思いますが、木や珪藻土などの自然素材や少し落ち着いた色合いの壁紙にするとより効果的です。キレイな夕焼けのように電球の灯りがより赤みががって、一層のリラックス効果が期待できます。
1960年代頃まで遡ると、山間部では電気がきていないところがあったり、電気代が高いから夜は電気を消して早く寝るといった習慣も普通にあったそうです。もしかすると、その頃の方が余計なストレスもなく生活が出来ていたのかも知れません。
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